私が出会ったラガーマン

京の今日は
最高気温 24.7

ラグビーワールドカップ2019 
準々決勝「日本」対「南アフリカ」
私にとって五郎丸フィーバーに便乗して以来四年目のW杯
日本中がラグビーフィーバーの中
私もチャッカリに飛び乗ってま~~~~す
ワールドカップで初のベスト8入りを果たしたラグビー日本代表は
準決勝進出をかけての強豪・南アフリカ代表と 今日 対戦

正直、知識はチョビット
反則ルールがややこしヤ~~
その程度でも 先日13日のスコットランド戦は燃えました~~
最後は正座して勝利を祈った64歳
(正直にゆうと、最初のうちはウトウトしてました)


私が出会ったラガーマン
~1人目のラガーマン~
遡ること48年・・・ゲゲッざっと半世紀も前の事やんか~
京の田舎の公立高校の入学式の日
式を終え 緊張しながら初めて教室に入ると
 ひときわ目立つドデカイ同級生
 クセ毛かパーマかちょっと老け気味の同級生が既に着席!!
(一年前に入学してるので式は免除やったんかな)
そこには
高校一年生の初々しさの代わりに怪しいオーラ有り
・・・その後の自己紹介かなんかで1歳年上と知るのである

ドデカイ方の同級生はラグビー部員
ラクビーはなかなかのヤリ手とみえ
高3で進路に悩むこともなく勉強することもなく〇〇大学に推薦入学
  ええな~ええな~~
当時は羨望の眼差しを送ったものでした
(老け気味の方は帰宅部やったかな? )


~二人目のラガーマン~
25歳過ぎくらいの時
友達絡みで知り合った年上の人
社会人になっても仲間とラグビー続けてはって
・初日に西京極にラグビーの試合を見に連れて行かれた
 ルール知らんしイマイチ乗り切れず…
・二回目は居酒屋
「何食べても あんまり味がわかへん」と自供され  
    次はナシ


~三人目のラガーマン~
何の絡みもゴザイマセンが
ただただカッコええ人でした…
平尾 誠二(ひらお せいじ)氏
IMG_7805.jpg
 1963年(昭和38年)1月21日生まれ
 2016年10月20日 胆管細胞癌の為 53歳で逝く

略歴
京都府京都市南区出身、伏見工業高校、同志社大学商学部商学科卒業。同志社大学大学院政策科学総合研究科(修士課程)修了。小学校の時は野球をやっていたが、京都市立陶化中学校入学と同時にラグビーを始める。理由は「野球部は部員が多くて下積みばかりしていた。そこでラグビー部を見たら、12、3人程度、先生もとてもいい先生で楽しそうに練習をしていたから」。中学時代、父親にラグビースパイクが欲しいと伝えた時、無理だろうと思っていたのに買ってくれたことが「ラグビー人生で一番嬉しかったこと」と『徹子の部屋』にゲスト出演した際に語っている。伏見工業高校への入学のきっかけは山口良治。平尾が中学3年の時に出場した京都府秋季大会決勝戦を見た山口がそのプレーにほれ込み平尾の自宅を訪ねた。その時、平尾は特待生(授業料免除)で名門花園高への入学が決まりかけていたという。当時は伏見工はワルの集まりだったため両親は反対。しかし平尾はそれを振り切り伏見工業高校に入学する。同校1年の京都府大会決勝で花園高に敗れた際は、悔しさの余り表彰式で受け取った準優勝トロフィーを投げ捨てて帰ってきた。しかし翌年全国大会初出場を果たし、3年生の時の全国大会で同校が初優勝した際の主将となる。1982年に史上最年少(19歳4ヶ月)で日本代表に選出。同志社大学ラグビー部在籍時代にはセンターとして史上初の大学選手権3連覇に貢献・・・ (Wikipediaより)


奇しくも今日10月20日
南アフリカと対戦するこの日が
日本ラグビーの礎を築いた一人でもある平尾さんの三回目の命日
「ミスター・ラグビー」と称された平尾誠二さん
きっときっと みにきはりますね
グランドの風になって・・・


今日はラグビー観なあかんし 早めの更新
居眠ったらあかんし今からお昼寝しようかな~


2019.10.20 今日も最後までお付き合いありがとうございました
↓ ポチッと応援してくれはったら嬉しいデブ