回復の兆し

No.16

京の今日は[E:sun]

ブログ更新サボってる間に五月が終わり

前半最後の月 六月に突入[E:sign03]

そして4日には京も梅雨入り[E:rain] 紫陽花の季節になりました 

 

今、母が入院しています

 

6月22日、木曜日の早朝 6時くらいに

「お腹痛いし病院に連れてってください!」

と腹痛を訴えたそうなんですが

その時間帯は介護の方たちだけで

職員の出勤を待ってたのかどうなのか

「〇〇病院に来ています」 と連絡が入ったのが9時

そして

一般外来での診察終了後

          11時過ぎに「入院」の連絡[E:building][E:telephone]

職員さんは、単なる腹痛と軽く思ってはったようで

最初の電話の 「(施設に)帰ったら連絡します」 の言葉に

私も大した事無いやろ…と思ってたんです

ところが 「入院」 と聞かされ狼狽えつつ

午後休取って病院に駆けつけたら、母はまだ処置室でした

14時にならないと部屋に入れないらしく

施設からの リクライニングが出来る車椅子に乗ったまま…

母は前回の胆嚢炎の時より元気がなくしんどそうで

そのうち震えがきて寒気もきて…

それでも毛布くれはるだけで14時半過ぎまで

そしてCT検査の後、病室に入ったのが15時過ぎてました

 

外来での所見は 

お腹に水が溜まってる…腸炎→腹膜炎 ???  

その後の検査の結果、お腹の中の水は

膀胱に穴が空いて、そこから漏れた尿と判明

時間の経過と共に

体に細菌が感染し血液の中で増殖し敗血症になってました

 

【敗血症】は、兄の死の誘因でもあり

入院の日は、兄の百か日(26日)の4日前でもあり

 

母の血圧は70を切り、いつ急変するか分からないと言われ

兄に    「なんでなんで~ ?」 

       「まだ連れて行かんといて~ !!」 と訴えました

 

 

----以下、今回の記録として書き留めておきます----

 

処置は血圧を下げるお薬と抗生物質とカロリー摂取の点滴

血圧は、木曜の入院当初の68から

      土曜には、74…酸素マスクが取れて管だけに

25日(日) 

一日早い百か日、お墓の前で兄に語りかけました

   「おばあさん、そっちにいったら またうるさいで~」

   「今は静かやろ~うるさなってもええの~ ?」 と…

そしたら…

26日(月) 兄の百か日当日には 血圧111に[E:up]

28日(水) 酸素の管不要に

29日(木) 血圧安定し、血圧の点滴不要に

30日(金) 消化器病棟から泌尿器科病棟へ

        やっとおかゆと刻み食

     ・

     ・

     ・

6月6日(金) 抗生物質の点滴が外れる

 

というわけで、母は85歳にして危機を脱し

私も、やっとホッとさせてもらいました

後は、尿道の管… これが難問で

母の特養は尿道カテーテルのままでは看てもらえません

でも、母は帰りたいと言うし…

新しい施設に入れるのも可哀想やし…と悩むところです

昨日、主治医から経過説明を受け

膀胱の穴も塞がってるようなので

一旦、尿道の管を抜いてみて、熱が出ないか様子を見て…

ということになりました

後は、母の膀胱を信じるしかないです…

 

今回の母の病因は 『膀胱破裂』

 

1995年(平成7年)1月17日(火)

神戸の震災の朝に子宮がんで入院した母は30日に手術

子宮は勿論、リンパ球まで全摘し

その後は放射線治療まで念入りにしてもらいました

どうやら、その放射線の副作用が膀胱に出たようです

今頃になって、膀胱が固くなって裂るって・・・

長い年月…母の体の中に残ってたんですね

Dr. 曰く

昔の放射線はコバルトといってそういう服作用があった と

(今の放射線はそういうことは無いそうです)

当時、放射線治療のしんどさを目の当たりにしていた私は

85歳になって、それが原因でまたこんな目にあうとは

母が可哀想で、この事は伝えられません

ただ、「膀胱が弱って破れてたんやって~」とだけ言ったら

 「そうか~、年いったらエライことになるねんな~」 と。。。

 

母の回復は

母の生命力もあったと思いますが

父と兄が守ってくれたんでしょうね

そして

「うるさいのん かなん」 「もうちょっと静かにしといて~」

そんな父と兄の声が聞こえてきそうです [E:coldsweats01]

はいはい、そう言うことなら

私はもうしばらく この五月蠅さを楽しませてもらいます~

                  父と兄にありがとう~~~[E:heart]

こんなこと言うと

母の[E:kissmark] どんだけ~~~[E:sign02] って思われるでしょうね

母は、血圧が70切ってる時も

看護師さんとの受け答えも長々と丁寧で

「こんなに血圧低いのに

 これだけお喋り出来る患者さんも珍しいです」 と。。。

  

    天晴れ[E:up] わが母[E:sign03] 

 

それと、泌尿器科に移った日

看護師さんが

「今日はナースステーションにしばらく居てもらったんですよ」

そして母のことを

「素敵ですよね~」「素敵やわ~」 と言ってくれはったんです

私は

「え~~ ? 」 「素敵ですか ? 」 「そうですか~ ?」 と[E:happy01]

でも、85歳の母にとっては嬉しい言葉、最高の褒め言葉デス

母は、はにかみながらもニコニコ満面の笑み [E:coldsweats01]

気分にムラもあるけど

今はきっと母なりに気を遣ってるのかな~って思います

私は、こんなこと言ってくれはる看護師さんこそ

         “素敵”          やと思いました

 

母は、おかゆが食べられるようになってから

昆布の佃煮(塩昆布)が食べたいと言い出しました

それでは !!  と

実山椒と昆布を買ってきて生まれて初めて炊いてみたら

Img_6466

 

これがまた

自分で言うのもなんなんですが最高の出来[E:good][E:smile]

母に細かく刻んで持って行ったら絶賛でした

毎日、18時、 看護師さんの目を盗んで

梅干しの潰したんと交互に持って行ってます

    母の「美味しいわ !」 という声が聞きたくて・・・

そろそろ今日あたりから普通食になりそうです

 

このまま、また元気になってくれますように・・・[E:confident]

 

 

 

 

長くなりました…

最後までお付き合いありがとうございます

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