一年の折り返し

No.18

京の今日は[E:cloud]

雨こそ降らへんけど、鬱陶しい空模様でした

局地的に変な気象ですが

京はいつもより雨が少ないように思います

 

 

さて、今日は 6月30日

一年の折り返しの日ですね

私にとっては、いろいろあり過ぎた半年でした

嬉しい事も ・ 悲しい事も ・ 心配事も

ある意味、こんな盛りだくさんの半年は、初めての経験…

そんな中でも

心も身体も病むことなく、健康で過ごせた事に感謝します

 

そして今日は

残り半年の無病息災を祈って 水無月 を食べました

京の神事 夏越祓(なごしのはらえ) (←クリックしてね)

ホンマもんは神社ですが

21日の土曜日

たまたま大津市の大きな和菓子屋さんに行ったら

お庭に輪があったので

お先に !!  っと 夫とくぐってきました [E:coldsweats01]

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水無月は美味しいよ~~ [E:delicious]

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食べて祈願するのって超嬉しい~~[E:pig][E:heart04]

 

みなさんも

   残り半分、何事もなく穏やかに過ごせますように~

 

 

そして、ご心配していただいた母ですが

あれから三つ寝て、木曜日に無事退院し

特養で今のところ、 おとなしく過ごしているようです

土曜日に行った時、介護士さんに

「かしこうしてるみたいですね ?」 って聞いたら

「ぅう~ン・・・」 と (笑)

「・・・ 」は、いつまで続くかって言いたかったと見ました [E:bleah]

 

退院の日に担当の介護士さんが挨拶してくれはって

「〇〇さん、痩せてキレイになったん違う ?」 

横から

「おばあさん、前からキレイやったやんな~」 と私

「いやいや、前もキレイやったけど益々・・・」 と介護士さん

その後も、チョコチョコ口をはさむ私に

「お母さんと似てはりますね~」 などと言われてシマイマシタ

 

    「とんでもない、足元にも及びませんわぁ」

    「そうかて

        口から生まれた〇〇子さんやもんな~

                                おばあさん !」

 

と言うと

   介 「〇〇さん、口から生まれはったんか~ ?」 

   母 「いいえ、足から…」 

   私 「何言うてんの~足からやったら逆子やんか~」 

   母 「ホンマやな~」   笑 笑 笑

 

そして、

母を見つけて涙ぐんで寄ってきてくれはるおばあさん

介護士さんとの話が続いてたので入ってこれず

「先にトイレ行ってきますわ。その方がゆっくり喋れるし…」

と私に涙ぐみながら… [E:weep]   

可愛いおばあちゃんでした

 

お友達から 「良かったな~ 良かったな~」 と言ってもらい

今までとは逆転して世話を焼いてもらってるようです

 

   このまま、穏やかな時が流れる事を願って

          もう一つ   水無月食べた~~~い [E:pig]

 

 

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あと三つ寝たら・・・

No.17

京の今日は晴れました[E:sun]

 

そして、今日

やっと母の退院の日が決まりました

みなさんに、いっぱいいっぱい励ましていただいたお陰です

 

    [E:heart]ありがとうございました[E:heart]

 

先週の月曜日

特養の相談員さんと 先生の経過説明を聞き

その内容を特養に持ち帰って検討された結果

木曜日に迎えにきてもらえることになりました

 

身体は元気になったけど

母の膀胱はやっぱり元通りにはなりませんでした

一度は尿道カテーテルを抜いてもらったんですが

自力で出る量が少なく

エコーでまた漏れていることがわかり

この先、外せる見込みは無いと言われてしまいました

 

有り難い事に、母の特養は

カテーテルを付けての入所は認められませんが

一旦入所した後ならOKということでした… ホッ [E:confident]

ただ

今までみたいに自由に彼方此方車椅子で走り回ったり

管が入ってる事を忘れて動いたりして

知らない内に外れてしまうことも無きにしも非ず…

看護師さんは夜不在ということもあって

それが心配だと言われました

でも母は

 「〇〇に帰りたい」   「私のあの部屋に戻りたい」 

と言うんです

特養の皆さんにはご迷惑をおかけする事になるけど

一旦帰らせてもらって様子をみようと思います

 

やっぱり、病院にいると呆けが進みますね

「大丈夫か ?」 「呆けてるのん違う ?」

なんて突っ込む事が多くなりました

早く元の生活に戻って頭も戻ってもらわないと…

 

「〇〇さん、どうしてはるかな~」

お友達の事を想う母に

「〇〇さんのこと覚えてたら大丈夫やな~」

とホッとしたり [E:coldsweats01]

 

例によって昆布の佃煮は毎晩持って行ってます

おかずが薄味なので

濃い味のモノは控えめにしないと…と思い

少しずつご飯の上に乗せてあげると

「え~、こんだけしかくれへんの…」

「今までやったら

  一杯炊いてナンボでも食べてたのにな~」

「私が死んだら

  あぁ…

   もっと食べさせといたげら良かったって思うわ~」

そう言う母に私も応戦

「今、いっぱい食べてコロッと逝くのと

 長生きしてチョビチョヒ食べるのやったら

 長生きした方がギョウサン食べられると思うけどな」

母は

「ハハハ そうかもな~」  と笑いました

 

なんやかや言いながらも

「美味しいわ~あぁ美味し…」

と目を細めて食べる母がとても可愛く感じる毎日です

仕事から帰って晩御飯を作り、六時には母の[E:hospital][E:rvcar]

若い時から、母とは衝突してばかりやったけど

一か月ちょっとの今回の入院で

前より母が愛おしく思えるようになりました

 

今夜行って

「あと三つ寝たら退院できるしな~」 

そう言ったら

「三つ寝たらか~」 と母は嬉しそうに微笑みました

子供のころ

「あと〇つねたら…」 と言われたことありますよね

時は流れ、親と子が逆転です[E:confident]

 

Img_6433

実家の庭に自生しているドクダミを生けました 

白くて可愛いドクダミの花

母もこんな風に…って もっと上手やったけど…生けてました

特養に帰ったら持って行ってあげよッ [E:wink]

 

 

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回復の兆し

No.16

京の今日は[E:sun]

ブログ更新サボってる間に五月が終わり

前半最後の月 六月に突入[E:sign03]

そして4日には京も梅雨入り[E:rain] 紫陽花の季節になりました 

 

今、母が入院しています

 

6月22日、木曜日の早朝 6時くらいに

「お腹痛いし病院に連れてってください!」

と腹痛を訴えたそうなんですが

その時間帯は介護の方たちだけで

職員の出勤を待ってたのかどうなのか

「〇〇病院に来ています」 と連絡が入ったのが9時

そして

一般外来での診察終了後

          11時過ぎに「入院」の連絡[E:building][E:telephone]

職員さんは、単なる腹痛と軽く思ってはったようで

最初の電話の 「(施設に)帰ったら連絡します」 の言葉に

私も大した事無いやろ…と思ってたんです

ところが 「入院」 と聞かされ狼狽えつつ

午後休取って病院に駆けつけたら、母はまだ処置室でした

14時にならないと部屋に入れないらしく

施設からの リクライニングが出来る車椅子に乗ったまま…

母は前回の胆嚢炎の時より元気がなくしんどそうで

そのうち震えがきて寒気もきて…

それでも毛布くれはるだけで14時半過ぎまで

そしてCT検査の後、病室に入ったのが15時過ぎてました

 

外来での所見は 

お腹に水が溜まってる…腸炎→腹膜炎 ???  

その後の検査の結果、お腹の中の水は

膀胱に穴が空いて、そこから漏れた尿と判明

時間の経過と共に

体に細菌が感染し血液の中で増殖し敗血症になってました

 

【敗血症】は、兄の死の誘因でもあり

入院の日は、兄の百か日(26日)の4日前でもあり

 

母の血圧は70を切り、いつ急変するか分からないと言われ

兄に    「なんでなんで~ ?」 

       「まだ連れて行かんといて~ !!」 と訴えました

 

 

----以下、今回の記録として書き留めておきます----

 

処置は血圧を下げるお薬と抗生物質とカロリー摂取の点滴

血圧は、木曜の入院当初の68から

      土曜には、74…酸素マスクが取れて管だけに

25日(日) 

一日早い百か日、お墓の前で兄に語りかけました

   「おばあさん、そっちにいったら またうるさいで~」

   「今は静かやろ~うるさなってもええの~ ?」 と…

そしたら…

26日(月) 兄の百か日当日には 血圧111に[E:up]

28日(水) 酸素の管不要に

29日(木) 血圧安定し、血圧の点滴不要に

30日(金) 消化器病棟から泌尿器科病棟へ

        やっとおかゆと刻み食

     ・

     ・

     ・

6月6日(金) 抗生物質の点滴が外れる

 

というわけで、母は85歳にして危機を脱し

私も、やっとホッとさせてもらいました

後は、尿道の管… これが難問で

母の特養は尿道カテーテルのままでは看てもらえません

でも、母は帰りたいと言うし…

新しい施設に入れるのも可哀想やし…と悩むところです

昨日、主治医から経過説明を受け

膀胱の穴も塞がってるようなので

一旦、尿道の管を抜いてみて、熱が出ないか様子を見て…

ということになりました

後は、母の膀胱を信じるしかないです…

 

今回の母の病因は 『膀胱破裂』

 

1995年(平成7年)1月17日(火)

神戸の震災の朝に子宮がんで入院した母は30日に手術

子宮は勿論、リンパ球まで全摘し

その後は放射線治療まで念入りにしてもらいました

どうやら、その放射線の副作用が膀胱に出たようです

今頃になって、膀胱が固くなって裂るって・・・

長い年月…母の体の中に残ってたんですね

Dr. 曰く

昔の放射線はコバルトといってそういう服作用があった と

(今の放射線はそういうことは無いそうです)

当時、放射線治療のしんどさを目の当たりにしていた私は

85歳になって、それが原因でまたこんな目にあうとは

母が可哀想で、この事は伝えられません

ただ、「膀胱が弱って破れてたんやって~」とだけ言ったら

 「そうか~、年いったらエライことになるねんな~」 と。。。

 

母の回復は

母の生命力もあったと思いますが

父と兄が守ってくれたんでしょうね

そして

「うるさいのん かなん」 「もうちょっと静かにしといて~」

そんな父と兄の声が聞こえてきそうです [E:coldsweats01]

はいはい、そう言うことなら

私はもうしばらく この五月蠅さを楽しませてもらいます~

                  父と兄にありがとう~~~[E:heart]

こんなこと言うと

母の[E:kissmark] どんだけ~~~[E:sign02] って思われるでしょうね

母は、血圧が70切ってる時も

看護師さんとの受け答えも長々と丁寧で

「こんなに血圧低いのに

 これだけお喋り出来る患者さんも珍しいです」 と。。。

  

    天晴れ[E:up] わが母[E:sign03] 

 

それと、泌尿器科に移った日

看護師さんが

「今日はナースステーションにしばらく居てもらったんですよ」

そして母のことを

「素敵ですよね~」「素敵やわ~」 と言ってくれはったんです

私は

「え~~ ? 」 「素敵ですか ? 」 「そうですか~ ?」 と[E:happy01]

でも、85歳の母にとっては嬉しい言葉、最高の褒め言葉デス

母は、はにかみながらもニコニコ満面の笑み [E:coldsweats01]

気分にムラもあるけど

今はきっと母なりに気を遣ってるのかな~って思います

私は、こんなこと言ってくれはる看護師さんこそ

         “素敵”          やと思いました

 

母は、おかゆが食べられるようになってから

昆布の佃煮(塩昆布)が食べたいと言い出しました

それでは !!  と

実山椒と昆布を買ってきて生まれて初めて炊いてみたら

Img_6466

 

これがまた

自分で言うのもなんなんですが最高の出来[E:good][E:smile]

母に細かく刻んで持って行ったら絶賛でした

毎日、18時、 看護師さんの目を盗んで

梅干しの潰したんと交互に持って行ってます

    母の「美味しいわ !」 という声が聞きたくて・・・

そろそろ今日あたりから普通食になりそうです

 

このまま、また元気になってくれますように・・・[E:confident]

 

 

 

 

長くなりました…

最後までお付き合いありがとうございます

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